nemo創作インタビュウ その5

前回までのインタビュウその4

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「半径1メートル以内で起こることから、作品を作る」(宝子)


― 改めて『ビーーーム』はどんな作品でしょうか。

宝子:ある1人の男の物語です。半径1メートル以内でおこる普通のことに注目して作っています。

 神話をモチーフにしているとのこと。神話を選んだ理由は?

宝子:人間のおこない、というと大げさですが、戦争が起きたり、政治に翻弄されたり、ただ生きていたいだけの私にとって世の中には「やっかいごと」が多過ぎる気がします。なんでこうなっちゃうのか、昔から疑問なんです。
そんな時、ふと本で神話を読んだら、どうやら昔からそんなことが繰り返されているようで。解決したいというわけでは無いけれど、「やっかいごと」が繰り返されている世の不条理を浮き彫りにしてみたいと思ったんです。

― 「半径1メートル以内」という表現はリアリティがあるかと思います。あらためてどんな人に見てもらいたいのでしょうか。

青山:僕らは、「半径1メートル以内」を自覚的に見つめているけれど、自覚のない人には伝わらないかもしれない。また、誰かの日常と考えていることが必ずしも、他人の「半径1メートル以内」でないかもしれない。わかる人とわからない人は出てくると思います。

東洋:僕の中では、自分の周りの世界に立ち止まって「ちょっとおかしいぞ」って疑問を持って見ている人を想定しています。逆に、立ち止まることも無いような強靭な人を振り向かせる意欲は無いですね。僕は、東京にいて心が揺らぐってことが時々あります。日常において違和感、不安感を少しでも感じたことがある人なら、共感してもらえるのでは無いでしょうか。
僕としては、「心の揺らぎを感じてる人への作品」と考えています。

軸を持ちながらカタチを日々変えていく


― 色んな作り方やテーマがあるようですが、どのようにまとめていくのでしょうか。

東洋;今回、凄く努力をしているのが、多くの人が流れを掴めるような工夫の数々。アオケンが作ったいくつかの「短い物語の筋」もそのひとつになると、考えています。

僕が言った「心の揺らぎ」を少しでも感じている人なら、受け止めやすいものになるかと。もちろんメロディ的にわかりやすく伝えるだけでなく、多様な要素をオーケストラのように響かせたいとは思っていますが、あえて今はメロディ作りを大切に考えています。

― つくっていく中で、変わっていくこともあると思います。このまま本番まで進んでいきますか。

東洋:全然違うことになっていても面白いですね。

青山:そう思います。

宝子:(笑)

 

◆ライターより◆

人間の関係から改めて見つめ直しながら、それを楽しんでいるようでもある彼らの言葉は、
一見面倒臭くも感じますが、「作品作りのために新しい方法を作る」という意思を感じます。
日々、エンターテイメントの世界で仕事をしているからこそ、あえて原点に立ち戻っているのかもしれません。「他に合わせスピードを落とさなくてもたどり着くはず」「勝手にやりながら、軸をしっかり据える」など、非常に難しい課題を、さらっと目指しているのかもしれません。

青山健一の絵画的なプロジェクション、吉田省念の上質なポップミュージックは実際にどんな風に作品を彩るのか。半径1メートル以内の世界と神話がどんな風にカタチをつくるのか。
煽りのような予想は乗り越えられてしまいそうですが、さて、公演はどうなるのか。
見終えてから、もう一度話を聞きたいと思います。

長文、お読みいただきありがとうございました。

 

◆nemoビーーーム情報ページ

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<nemo創作インタビュウ>

その1 従来と異なる作品創りを選ぶことになった経緯

その2 「社会的になった4人の原始的な中身を知りたい」(宝子)

その3 「神話をやるってなったら、ストーリーが必要」(青山)

その4 「得体の知れないものの得体を知りたい」(青山)

その5 「普通の半径1メートル以内で起こることから、作品を」(宝子)

nemo創作インタビュウ その4

前回までのインタビュウその3

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「得体の知れないものの得体を知りたい」(青山)


 青山さんは、他のメンバーにどんなことを期待していますか?

青山:3人は、俺より断然、表現できる人たちだと思っていて、だから興味はある。言葉にならないものは言葉にしないで、ちゃんと舞台に出られる。そういう人たちはなかなかいない。彼らを見て感想を言おうとしても、「おー」とか、「うわー」とか理路整然とした言葉が浮かばなくなってしまうんです。
そんな彼ら、特に宝子が自ら主体になって何かをやろうって時に、その秘密がわかるんじゃないかという興味がありますね。
たとえば、地震が来たら、地面が揺れてる感じに「うわー」ってなるじゃないですか。災害として恐怖じゃなくて「エネルギー」の凄まじさというか。で、地震にはプレートの関係によるとか理屈があるわけで、それを知ってみたいということに似ているかもしれない。得体のしれないものの「得体」を知りたいと思う。知ったからどうなるわけでもないですけど。そこで起きていることを知りたいという。
ただ、それはまた言葉にならないのかもしれないけれど(笑)。

「今生きている感覚を、カタチにする」(東洋)


 東洋さんがやってみたいことはなんでしょうか

東洋:身体が感じていることを意識化して、まず4人と、そして何よりお客さんと共有したいと考えています。
nemoってすごく「今」に対して取り組んでいる気がしているんです。
「今生きている感覚」、って妖怪に似ているなと思っていて、誰かが描かないと見えてこないことを可視化するために、名前を付けたり絵にしたりして受け継がれてきたんだと思います。
nemoにおいては「今生きている感覚」をどうカタチにできるかだと思います。実際は個人的なものでもあって。4人いる中で、どう舞台でアウトプットをするかに対して、向きあっている状態です。
ひとつ見えているのはそれぞれこだわっている面がバラバラで、例えばアオケンは筋にこだわっていて、宝子は主題を提示していて、といった具合にわかれているのかな、とも思っています。

「スピードが違うままでもたどり着くはず」(青山)


― どんな風に作品を作っていくことになりますか。

青山:舞台って初日が来たら、完成にならざるを得ないじゃないですか。でも今回はあえて落としどころを見つけたり、上手に着地したり、しないような作品にしたいと思っています。
無責任な意味じゃなく、「色んな見え方をする作品」になればいい。当たり前の事ともいえますが。
これはクリエーションにおいて、いつも戦っていることですし、今回の4人であればなおさらだとそう思います。

― 宝子さんが4人を集めた理由からも、そのように感じますね。

青山:この4人は、表現方法や人間性、性格の面いろんな点で「スピード」が違うんです。もちろん同じ作品を作るという点では、同じ道を同じ方向へ走っているんですけど。
集団でクリエーションする場合、例えば速い人が速度を落として並走したり、全体を調節する役割を入れたりしますよね。他ジャンルの人と何かするときにはよくありますし、うまいことアンサンブルを作れると心地よかったりして。
でも、この4人でバチバチやるのであれば、極端言えば「俺終わったから帰るわ」なんてことがあっていい(笑)。けれどちゃんと同じ目的地に向いているというか、変に並走するとか速度を落とすとか無く、それこそ本番時間の中で、4人がそれぞれ自分の速度で走って、たどり着くようにしたい。

宝子:私は4人を集めて1つの舞台をやりたいと思った時のイメージっていうのがあって。
アオケンは展示を作るかのように、省念は一つのライブを作るように、踊る私たち(宝子東洋)は、ソロでそれぞれ踊りを作るように、それぞれが違うやり方で舞台を考えてもらって、それらをあわせて構築して作るという。

― あえて聞きますが、違うものをなぜ同じの舞台でやらなければいけないのでしょうか。

青山:みんな勝手にやってて最高だなってことありますよね。たとえば幼稚園とか(笑)
逆に、耳障りの言いキャッチーなわかりやすいメロディを用いることが、音楽としての需要を満たしているという風潮があります。整っていたり親切だったりがやたら優先されているというか。
俺はそれなんか気持ちが悪いというか違和感があるんです。

― なるほど。何かの違和感みたいなものは、世間の人たちも心の底で感じていることかもしれないですね。

青山:今回、プロット的なものを作ったのは、もしかしたら今回の趣旨から外れているかもしれないのですが、現段階での俺の理想は「みんな勝手にやってて最高」、もちろん表現として成り立っているという前提だけど、そう見える状況が生まれたら最高かなあ。

【続きます】

⇒nemo創作インタビュウその5

nemo創作インタビュウ その2

前回までのインタビュウその1

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「社会的になった4人の原始的な中身を知りたい」
(宝子)


― 公演に至るまでの動機は?

宝子:さっきも似たような事を言いましたが、今、この4人を合わせてみたら、何が出来るだろうという興味があって。それだけですね。

— この4人じゃなきゃいけなかった?

宝子:みんなそれぞれ社会的になって来ている(笑)。というか、社会に向かって自分の作品を創りはじめていて、出会った当時は、当たり前ですけど、もっと原始的というか、もちろん荒削りで、そういう時代から一緒になんやかんや関わっていて。今、じゃあ元々あった彼らの原始的な中身はどうなっているのか?というものが気になって。それで4人を集めました。あとは、私の好みです(笑)。

― では、自分以外の3人はどう見えてますか?

宝子:アオケンの絵は、もちろん面白いなあというのはあるし、最近、芝居をやったりとか演出をしたりとか、みんなマルチで。省念とかも、もともと絵描きなんですが、絵を描いたりしていて、みんなマルチな視野を持っているなあと。そういう所が、良いなーと。アオケンに関しては、昔はアナログでやってることが、最近はデジタルな仕事も多くなって。その中で、また一緒に向きあって、アオケン自身の仕事じゃない等身大の表現を見てみたいなという感じ。省念は、昔から歌はうたってたんですけど、『くるり』を脱退してからの省念っていうのが、すごい力強くなっているのを聞いて、その音楽がすごい強烈という印象。東洋くんと私は、なんでもかんでも一緒で、その時は大抵いつも彼が主宰だったりして色々背負うものがあって、そこから抜け出して、今回は踊りに集中してもらって、東洋くんの踊りというものを見せられたらなあと。

― 東洋さんは、どういう興味を持ってnemoに参加されていますか?

東洋:僕は、きっかけということでいうと、『くるり』を辞めたあとの省念のライブに行ったんです。カフェみたいなところで弾き語りだったんですが、その時に感動して。元々、省念のセンスとか表現が好きだったんですけど、一緒にもやってきたりもしてたんですけど、省念がひとりでやってる時の発信力、社会に対しての向きあい方みたいのが、ものすごいはっきりとまざまざと見せつけられたような感じがあって。僕もどうやって外に向けばいいんだろう?コアな部分について考えざるを得なくなっていて。で、今の省念の現実の中での遊びというのがあるし、こういう人とやりたいという思いが、その時にはっきりと生まれたんです。その時、宝子と一緒に見ていて、アオケンとも一緒やりたいねとなって、普段の自分の活動の『トンデ空静』という可能性もあったんですけど、少なくとも4人がいて、4人以外は曖昧だったところで、宝子がこの4人でやりたいって言って。じゃあ、他の夢は一旦あきらめて笑、夢というのは、他の人もプラスされるような事は諦めて。4人でやるのが面白いと思ったのがきっかけですかね。誘われたというより、自分の中では、主体的な脈略ですね。

― 東洋さんから見て、青山さんはどういう存在ですか?

東洋:すごく個人的な事を言うと、ずっと活動してきた色々な人たちの中で、同じ年なんですね。感覚的な並走者っていう感じが個人的にはあって。続けているし、感覚が近いというか。だから、違いが認めやすいというか、同じ時代を同じスピードで社会を感じていて、生活とか舞台の活動とか、共有意識というのがあって、その上で、僕とアオケンという人が違うみたいなことで。ペースとしても理解しやすくて。でも、アオケンの方が早いっていうのもあって。早いなりの理由があるんだなと思うし、遅いなりの理由があるんだなといつも思うというか。プライベートなところで活動している同士としてのバロメーターみたいなところもある。なんで一緒に創りたいかというと、みんなアウトプットの仕方を意識しはじめていて、それぞれのジャンルから追いつかなくなったものを創造しだしたという所で、未曾有な、今がチャンス、これから大きな時代が来るぞという感じですね。

― 東洋さんから見て、宝子さんはどういう存在ですか?

東洋:一番簡単にいうと成り行きで笑。僕にとっては、ずっと踊りのパートナーであるし、生活のパートナーでもある中で、一心同体性というか、ぼくが何かやろうと思ったときには宝子が居てくれるというのが僕の中ではあって。なんで一緒にやりたいと思ったかというと、当たり前のようにはじめたということです。はじめてみて、今までになくお互い個人がぶつかり出すんで、過去最大のピンチっていう感じになってます(笑)。

— 作品創りの先輩の東洋さんから見て、宝子さんをどうおもいますか?

東洋:宝子は……、というか女性ということから見て、おそらくそうだと思うんですけど、舵取りの仕方が巫女というか、天の声みたいだと思うんですよね。これは、宝子に限らず、女性がリードする局面で、結構僕は印象があるんです。男は理屈を、一応なり持っていて、混乱したときに理屈をもって整理して解決する手段を取るし、僕もやっぱり理解されないのは良いけど、でも理屈で処理しようという話になってくる。計算で出す、計算の認識の仕方っていうか。少なくとも宝子は、僕らとやってきたから色んなことに影響されているとは思うんですけど、その出来なさを突っ込んでいたら埒があかないというのはあるんですけど、少なくとも巫女的な力を発揮しているんですね。

― それは、面白がっているという理解でいいんですよね?

東洋:そうです、そうです。リーダーシップというのは、僕が経験則で分かっている部分があるから、宝子がやったほうが良いと思うことは言ったりすることはあるにはある。見えてないところを助けるみたいな。

― 省念さんが変わったと聞きましたが、その点については?

東洋:省念とは、元々出会った頃にやっていたのが、地元の仲間とセッションするだけのバンドをやっていて。それがすごく良くて、それが親しくなったきっかけでもあったんですけど。当時の省念は、昼間に絵を描いて、友達とおしゃべりして、夕方に友達とセッションしたり、スタジオがライブハウスにかわったり、非常にナチュラルにマイペースな生活をしていた。ぼくは一緒にやりたいから、東京から京都に押しかけたりしていたんですが、その時は、構築する話が一切できなかった。創っていくという話や構成の話が、全然できなくて。省念とは理屈で構築していく話はできないのかな?という感触があって、省念あるいは京都がそういう場所なのかなとも思ったりして(笑)。
でも、今の省念の作品創りというのは、ものすごく緻密に組み立てられている。構築がすごくて、当時の省念は構築することを人一倍持たない人だったのに、今や僕らの仲間では、あんなに構築できる人はいないだろうというくらい緻密な詰めをする。当時というのは15年位前ですかね。元々持っていた荒削りなサウンド感も良くて。絵を描いていたから空間性も持っていて、そして構築もできる。可能性としては絶大な条件を兼ね備えているとうのがありますね。音楽も区分けしない人間で、話が誰よりもできる。空間の話も、他のミュージシャンとはできないけど、彼とはできるという違いがありますね。

【続きます】

⇒インタビュウその3

nemo創作インタビュウ その1

長谷川宝子、松原東洋、青山健一、吉田省念の4人のユニットであるということ以外、ベールにつつまれているnemo。
そこで、あらためて当人たちに、成り立ちなどまさに0(ゼロ)から話をきき、まだ言葉になっていないnemoとその周辺を見える形にしていきたいと思います。

作品創りのかなり手前からの話から始まっていますが、表現をする人の初期衝動や、率直な気持ちなどを含め、文中から感じ取っていただければ幸いです。

インタビューは、茨城県取手にある高須ハウスで滞在稽古中におこないました。
(音楽/吉田省念さんは京都での仕事のため不在です)
【インタビュアー柏木俊彦、編集補kessya】

 

従来と異なる作品創りを選ぶことになった経緯


— よろしくお願いします。早速ですが、nemoは劇団と言ってよいのでしょうか?団体の成り立ちを教えて下さい。

長谷川宝子(以下、宝子):劇やお芝居が出来る訳ではないので、劇団ではなくユニットです。ストーリーを重視するような作り方ではなく……。
でも、今回はストーリーはあるんですけど、ストーリーを分かりやすく説明できるような作り方ではないので、パフォーマンスユニットというのが、一番近いかもしれない。身体の表現だけではなくて、映像と音も同等に、ダンサーと同じ存在するような舞台を作りたいなあと思っています。

— メンバーは、宝子さんが声をかけたのでしょうか?

宝子:そうです。

— なぜ、このメンバーを選んだのでしょうか?

宝子:すごくみんな親しい昔からの仲間で、みんな私より年上で活動歴が長いんですけど、一巡りして見たときに、最近それぞれ違うフィールドで活躍していて、すごい強い力を感じていて、それを引き合わせて見たいなということから3人を誘いました。昔からの仲間だったんですが、4人で作品をがっつり作るということはなかったので、誘ってみました。

— 稽古をしてみて、想定内とか、思っていた事と違った事などありますか?

宝子:意外と共通言語が無いなと。思っていたより、スムーズにはいかない。やっぱり、ぞれぞれのフィールドで創っているので。私は、本当にわからない事が多いので、強力な統率力が私には無いので、そこをどう繋げるかに、思ったより苦労しています。

— 宝子さんがメインで作品を作っているのですか?

宝子:もともと誰が主導して作品も創ってもよいと思っていて、この4人を集めたんですが、今回は、私が主題となるイメージを作り提示して、それをみんなで捏ねていこうと。

— 今まで、宝子さんは、自分が主導で作品を創ったことはありますか?

宝子:アイディアを持ち込むということはありあます。

— では、自分の言葉を伝えることやイメージを他者に伝えることは得意ですか?

宝子:難しいです。言葉にするのは難しいです……。

— 周りのメンバーは、それを拾ってくれる方々ですか?なに言ってんだ?という方々ですか?

宝子:どっちもです(笑)。みんな正直に、うんうんと、分かることは分かると言うし、なに言ってんだ?という時は、なに言ってんだ?という反応も。どっちもあります(笑)

— 松原東洋さんには、どういうどんな反応をするのでしょうか?

松原東洋(以下、東洋):僕と宝子の2人だと縺(もつ)れますね(笑)

— 周りの人達がいることによって助かるとか?

東洋:いや、もう完全にそうですね。

 

 

宝子が産み出す世界を、
それぞれの手法で補完するという
新しい関係性・新しい創り方


— このメンバーの中で、誰が宝子さんのイメージの翻訳者というか言語化しようとするか、補完してくれる存在でしょうか?

東洋:みんな、補完しているんだと思います。そういう意味では、メンバーみんなで補完しあっているんですが、空間というか作品化していく時に、その手法とかギミックとか、みんなバラバラなので……。僕が踊り手同士として助けることが可能だと思っていたんですが、僕と宝子の違いがあって、いつになく如実なるというか、そういう局面がほとんどですね。宝子のイメージは、みんなそれぞれ理解していると思うんですが、読み解いた時に、僕が翻訳した途端、僕の言語になってしまっていて、宝子の元ネタからずれていってしまって、結局、僕は翻訳者になれなかった。

— やってみて気づいたことですか?

東洋:そうですね。宝子とは、今までは、僕がリードする局面が多かったので、僕が言うことを理解できなくても持ち帰って自分なりに噛み砕いていた事で済んでいたんです。もうちょっとイーブンに宝子のイメージを大事にした時に、混乱が生じたということがあって。やってみて気付きました。

— それは、刺激的で、いいイメージで捉えて良いのかしら?

東洋:いい風(ふう)に捉えられるチャンスだなと。洒落にならない時間もたくさんあるんですけど(笑)、作品に向かっているという意味ではポジティブに捉えています。

— 今までの宝子さんとの関係性とは違う、新しい関係性が見えはじめていると?

東洋:本当にそうですね。

― 創作の手順はどうなっていますか?

宝子:今、やってる形は、まず私がテーマを出して、題材を出して、6シーンの舞台イメージを作ったんですよね。で、それを、実際どう形にするのかというところで4人で集まって、4人で一斉に即興でやってみました。そこから、映像のアオケンと話して、シーンを元にストーリーをとして軸を立てて、それぞれシーンの構造に、どんな踊りを作るのか?どんな映像や音を作るのか?と、分けて取り組んでいくという形です。

― 話を聞いていると、団体のはじまりだからか?創り方自体をつくっていくという印象を持ちました。刺激的で面白そうだなと感じます。しかし、インタビューのはじめに、ストーリーを重視しないと言っていましたが、なぜ、創作の過程で、ストーリーやドラマを紡ごうと思ったのか?

宝子:アオケンがストーリーを持つという人で。私は、ぶっちゃけ、ストーリーというものは、無くても良いくらいは思っているんですけど、ただお客さんに見せる軸というのは必要かなと。どう見せるかという枠組みというか。そういう意味で、アオケンと話をして、ストーリーを軸として立てて創って行こうとしています。

― それは、みんなの了解事項として?

宝子:そうですね。

【続きます】

⇒インタビュウその2