nemo創作インタビュウ その3

前回までのインタビュウその2

「今の素のあなたが見たい」って言われた時に、「だったら誘わないでくれよ」と思うわけ(笑)だったら、「絵を見に来てくれよ」(青山)


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— では、青山さんの出番です。

青山健一(以下、青山):はいはい。

— 青山さんの参加した動機を教えてください。

青山:誘われたからです。

— 青山さんは、自発的に集団で創作しようと思うことはありますか?

青山:基本的にはないです。『ポニーズ』(青山さんをメインにした演劇集団。青山さんが演出を担う)も、役者の人が「こんなことやりたい、あんなことやりたい」とか言うじゃないですか。子供のころとか、ままごとのように自由な発想で考えてやるじゃないですか。大人だとなかなか実現できない。遊びだったらできるかも、だったらやろう!みたいな感じでやってました。

— きっかけとして誘われたのですが、参加を選んだのは青山さんだとすると、nemoのどこに面白味をかんじましたか?

青山:宝子がやるって言い出したから。どんな事になんだろうなって思って。宝子は、今まで、ほとんど『渋さ知らズオーケストラ』とか『トンデ空静』(松原東洋を中心とした舞踏団)で一緒にやってるんだけど、誰か描いたビジョンの中で、いろんな人と踊ったり、役割をやっている魅力は分かってるんですけど、宝子が自発的に人を集めて、自分がやりたいと思うものをやるって言い出した時に、今までパーツしてやってきた宝子が、どんな事をやりたくて、わざわざ人を集めるのだろうって事に興味があったという一点ですね。

— 稽古が進んで知る段階で、その面白味は今も感じてやっているんでしょうか?

青山:宝子は、すごい漠然としているんですよ。東洋は、それを巫女的って言ってるのかも知れないんですけど……。今の宝子のインタビューを聞いていても、呼んだ3人が、今、ひとりの表現者になった時に、集まってどういうモノを見せられるかを見たいって言うじゃないですか。それに、違和感を感じるっていうか……。宝子がやりたい事があって、それを創るために必要な面子がこの呼んだ3人だったというよりも、この3人の今の素の状態がみたい、っていう動機に違和感があるんですよ。僕も聞きたいのは、じゃあ、宝子は何がやりたくてこの3人を集めたのかっていう。俺たちが自由に表現者としてバチバチぶつかっているものを見たいんだったら、テーマもストーリーも要らないんじゃないかって、無いほうがむしろ上手くいくんじゃないかって思うんですよ。それは、ライブだったりするのかもしれないけど、でもライブじゃないって言うし、テーマとか持ってきたりするじゃないですか……。
でも、そこら辺が面白いんですよ。創作の過程は、当然面白いんだけど。宝子がやりたい事と俺たちが持っているものとをコミットさせていくという、いちばん最初に宝子が「やりまーす」って言った時の感じは、日に日に薄れて行っていると言っても過言ではない感じ(一同爆笑)

— それは、薄れてるのか?変化しているのか?変容しているっていうか……

青山:いや、変化っていうか、巫女的っていうのは、東洋は上手く言ったなーという感じ(笑)。宝子の中で、テーマがあるのは間違いないので、それをとにかく翻訳していく。宝子のやりたい事を、自分のやりたい事に近づけるみたいな作業を、今、している感じですかね。個人的には。

— 6個のシーンを元にして、好きにやってという理解かな?

青山:そうそう。あくまで個人的な理解だけど、みんなは違うかもしれないけど、基本的には蓋を開けてみたら、テーマのある中で、それぞれ好きにやったモノを組み入れて、一個の作品にしようみたいな感じに受け取っている。

— 青山さんは頼まれた仕事以外は、自分ひとりでキャンパスに向かってきましたよね。例えば、4人でキャンパスに向かうみたいな事があるとするならば、その時に考え方が変わると思うのですが

青山:そうですね。変わります。

— 今まさに、4人でキャンパスに向かう行為をしているのだと感じます。その行為の中で、宝子さんがベストの方法を探っているのではないかと……。どの方法論で作品を創ると良いのかも含めて。

青山:まさにそうです。例えば、4人で一枚の絵を描く時に、ルールがないと。4人で描くと決まった時点で関係が生まれるじゃないですか。その人が、ビーと描いた時に、違う人が塗り潰したら悪いなーとか、悪いなーだけじゃなくて色んな関係が生まれるじゃないですか。4人が自由に描けとなった時に、その作品自体は自由に描くと、関係が邪魔して、何かを突破する作品にならない気がする。4人で描く意味を考えちゃうし、場面の中で、4人が4人ともバランスを見ると思う。そこで、今、宝子に思うのは、「こういう絵を描け」と言ってもいい立場にいるわけで、僕は「こういう絵を描け」という、その人が言う絵に興味がある。いわゆる、ひとりで絵を描いていたら、それはひとりで出来るわけで。「今の素のあなたが見たい」って言われた時に、「だったら誘わないでくれよ」と思うわけ(笑)。だったら、「絵を見に来てくれよ」と思う。だけど、関係するじゃないですか、舞台って。その時に、「私の描きたい絵はこうで、そのためにあなたの力が必要」ってなった時に、もっと作品の強度が変わってくると思う。絵にならないって言っても良いかもしれない。そこは難しいんですけど……。そういう意味で関わる人間は、「こういう絵だ」って言っている人以上に応えるし、そのために色んなジャンルの人が集まって一つの絵を描くのが舞台だったりするんじゃないのかないのかなという気がしていて。そうじゃない創作の方法を模索できるとも、もちろん思っているんだけど。

 

「神話をやるってなったら、ストーリーが必要」(青山)


— 今言った、そうじゃない創作を狙っているとも、今回は見えているのですが……

青山:そこなんですよね。すごく面白いことだと思うんですけど、宝子が今回持ってきたテーマが6個のシーンとかいう以前に、神話がテーマになってるんですよ。神話っていうのを、すごいずっと考えていて……、神話が神話になる前って、ただの現象があるじゃないですか。ここにこういう島があって、ここにこういう島があっていうような、ただそうなっているという状態があって、なんでそういう島が出来たのかを説明するために神話が必要だったわけじゃないですか。その時に、ナントカの尊(みこと)が縄でこの島を引っ張ってきたみたいな。神話は、言葉というメディアを使って、現象を説明している訳で。そして、その言葉が、いわゆるダンスだったり、音楽だったり美術だったりもすると思う。だから、神話をやるってなったら、ストーリーが必要で。メディアを使わなければならないっていうか。そうなっているものを、どうやって伝えるか?説明できない現象を、どうメディアにするか?という事が必要だなと思って。だから、6つのシーンには、登場人物がいて、その人たちに現象とか感情を現わさせるというというか……。それが僕は神話だと思っている。神話になる前の現象をやりたいという事になったら、アプローチは変わってくると思う。色んなジャンルの人が、新しい創作の方法で何かをやろうと思ったら、もし可能だとしたら、言語化される前の事に焦点をあてるというか……。まあ、すべての芸術がそうなんですけど(笑)。ややこしい話なんですけどね(笑)。こうなっているってことって、一個挟むじゃないですか。演劇でも台本とか、台本を基に表現するとか。その一個挟まれているものが神話だとしたら?と考えると、台本をすっ飛ばして、神話化する前の状態を、ただみんなでやってみる(笑)。
だけど、乱暴だから、じゃあどうやってやるの?みたいな話になるんですけど……。

【続きます】

⇒創作インタビュウ その4

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